椎間板ヘルニア
脊柱は24個の脊椎からなっていますが、そのおのおのの間に、弾力性に富んだ椎間板があります。この椎間板は脊椎が前後、左右に屈曲するのを可能にするとともに、 足底からの衝撃が直接、頭へひびかないようにクッションのはたらきもしています。この椎間板の中央には髄核という軟らかい組織があって、周囲を線維輪という丈夫な組織で包まれています。
ところが、椎間板に無理な力がかかると、線維輪は圧力に耐えられなくなり、その後 ろの部分が破けて、髄核が脱出してしまいます。この髄核が線維輪から脱出した状態を椎間板ヘルニアと呼びます。
不用意に重いものをもったり、また、ささいな動作、たとえば洗顔時に腰を前方へ曲 げたり、ゴルフの球を拾う動作などで、髄核が脱出することがあります。また、この線 維輪は20歳代から老化変性が始まるので青年期、壮年期と働きざかりの人にも多く発生するのが特徴です。
症状
髄核が脱出した瞬間は、突然の激痛を覚えます。髄核が、近くを通っている脊髄神経を圧迫するためです。しかも、この脊髄神経は、坐骨神経となって下肢へとのびていますから、強い腰痛に加えて下肢の痛みやしびれ感など、坐骨神経痛の症状も現われるのが特徴です。この腰痛と坐骨神経痛は、体動やせきなどでひどくなります。また、立っているとき、痛みをやわらげる方向にからだを傾けるため、坐骨神経性側弯を生ずることもあります。ヘルニアの発生部位により、下腿の外側や足のおや指 の知覚鈍麻、足の指の筋力低下などもみられます。
診断
下肢の知覚鈍麻と筋力低下の存在部位の確認や、ラセグ徴候(あお向けに寝て患側下肢の股および膝関節を90度に屈曲し、その位置から膝を徐々に伸展させると、下肢への放散痛のために伸展制限をみる)で診断されます。ヘルニアでは、痛みのためにこのラセグ徴候は顕著に現われます。また、健康な人ならば腰を十分に前方に曲げることができますが、ヘルニアの人は痛みのためかなり制限されます。
血液検査は、椎間板ヘルニアでは異常をみることはありませんが、脊髄腫瘍、脊椎への転移がんや炎症性の病気では異常が現われるので、これらは鑑別するのには役立ちます。 エックス線検査では、発症したばかりのヘルニアは特徴的な変化がつかめませんが、月日を経過すると椎間板の厚さが減り、椎体と椎体の間が狭くなります。このエックス線検査はがんやカリエスなどの骨の病気や、脊椎の構造の異常である脊椎分離症、すべり症、形態異常などの鑑別にも有効です。髄核の脱出、膨隆の部位と大きさを確認するには、脊髄造影やMRI検査が必要です。
治療
急性期の家庭治療で大切なことは、もっとも痛みの少ないらくな姿勢での安静です。上を向いて寝て、その膝下にまるめた毛布程度のものをおき、膝と股関節を軽く屈曲させた姿勢をとります。もし、痛みのためにこの姿勢がとれない場合は、膝と股関節を屈曲して、左右の膝の間にまくらをはさんで、横を向いて寝ます 。一般に、1~2週間で強い急性期の痛みはうすらぐものです。安静臥床をつづけても症状が改善されず、どんどん痛みがひどくなるときには、脊椎は転移がんの好発部位でもあるため注意が必要です。
薬物療法としては、急性期には激痛をやわらげるため、安静と同時に、鎮痛消炎薬や筋弛緩薬の内服薬か鎮痛消炎薬の坐薬が使われ、神経の回復を目的としてはビタミンB12が使われます。骨盤牽引療法や温熱療法もありますが、これらの治療は、安静で痛みが多少軽減し、歩行できるようになってから行なうとよいでしょう。急性期に行なうと、かえって痛みを増すことがあるからです。牽引療法の目的は、腰椎部にかかる負担を軽くすることと腰部の筋緊張をとることです。膝と股関節を軽く屈曲させた姿勢で行なうと効果があります。
温熱療法のおもなものは、極超短波とホットパックです。これらも鎮痛、筋緊張低下、 循環促進などが期待され、手軽で効果のある治療法です。
硬膜外腔に局所麻酔薬と副腎皮質ステロイド薬を注入する硬膜外ブロックという治療法もあります。坐骨神経痛の症状の強いものに有効です。この治療法で劇的に痛みが消失することがあります。
安静で痛みが多少軽くなり、起きあがって歩く練習を始めるときには、腰を保護する ためにコルセットを装着します。しかし、長期間の装着は筋力を低下させる危険があるので、同時に体操療法を組み合わせることが必要です。また、腹筋力をつけるための運動療法は、「腰痛症」の項で述べたように、椎間板ヘ ルニアの治療には欠かすことのできないものです。しかし、痛みの強い急性期には行なうべきではなく、症状をみながら、しだいに運動量をふやしていくことが大切です
(1)明らかな下肢知覚運動麻痺が急激に出現するとき
(2) 起座も不可能な激烈な症状をくり返すとき
(3)十分な保存療法にもかかわらず、本人の望む活動ができないとき
(4)定型的症状経過とラセグ徴候が存在するとき
(5)脊 髄造影で症状と一致する髄核膨隆(ふくれあがること)が確認されるとき、などです。